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マルチンゲール理論入門

富山大学理学部教授 風巻紀彦 著

A5判/248頁
本体価格4,800円

ISBN4-87315-100-7


(本書について)
 本書は,邦文による最初のマルチンゲール理論入門書である。
 マルチンゲール(martingale)とは,公平なゲームの数学的モデルとしての確率過程をいう。最も基本的な例は,対称な硬貨を投げて表が出れば1点獲得し,裏が出れば1点を失うというゲームである。ちなみに,マルチンゲールという言葉は,アラビア語で馬具のtextgt むながいに由来する。その他に,マルチンゲールには倍賭ゲームの意味もある。いずれも賭けの方式を表している。
 J. L. Doob(1940)に始まるマルチンゲール理論は,1960年代に入って飛躍的な発展を遂げる。とくに,K. Ito(1944)による確率積分は,H. Kunita & S. Watanabe(1967),P. A. Meyer(1967)などの研究を経てマルチンゲールの枠組みの中で完全に一般化されている。このように,公平なゲームの数学的モデルから出発したマルチンゲールの理論は,ちょうど確率過程論における微分積分学に相当する理論に成長し,確率過程を考究する際の不可欠な手段を提供するなど極めて広い適用範囲を有している。
 近年,とくに数理ファイナンスの分野で,マルチンゲール理論に対する関心が高まっているが,我が国においては,わずかに確率論の参考書の中で簡単に紹介されているに過ぎず,マルチンゲール理論の本格的な解説書が必要とされてきた。
 本書は,このような需要に応え,理工学系や経済学系の学部・大学院の学生あるいは若い研究者を対象として,離散時径数のマルチンゲール理論を解説したものであり,関連する分野の必読の書といえる。


(本書の内容)
 第1章は、本書で必要となる基本事項の説明が目的で,いわば準備となる章である。とくに,条件付平均値はマルチンゲール理論を理解するためには避けて通れない概念であることから,とくに丁寧に解説されている。条件付平均値の概念は,通常Radon - Nikodymの定理に基づいて定義されているが,この方法の難点は,Lebesgue積分に関するかなり専門的な知識が必要となることにある。このハードルの高さが,結果的に条件付平均値を理解し難いものとしている.そこで,本書では,条件付平均値をスムーズに導入するために,Radon-Nikodymの定理に頼らない方法を採用している。この試みは,少なくとも条件付平均値の概念を格段に理解し易くしている点において成功しており,本書の大きな特色と言ってよいであろう。また,条件付平均値に関する単調収束定理,Fatouの補助定理,Lebesgueの収束定理,Jensenの定理の証明が述べられているなど,読者の予備知識がなるべく少なくて済むような配慮もなされている。
 第2章では、マルチンゲールの定義とその古典的な結果を解説する。とくに,有名なDoobの収束定理については,R. Isaacの証明(1965)を採用している点と数理ファイナンスの分野で重要なGirsanov変換が重点的に説明されている点は,本書の特色のひとつである。その他,公平なゲームを任意の時刻に停止してもゲームの公平性は失われないことを保障する任意停止定理やKrickebergの分解定理,Doobの収束定理を用いたRadon - Nikodymの定理の証明法,さらにマルチンゲール変換に対するBurkholderの収束定理などの紹介があり,豊富な内容となっているが,随所に適切な例が述べられていて,分かり易い。なお,Doobの収束定理については,全部で6通り(付録に5通り)の証明が手際よく紹介されており,本書に彩りを添えている。
 数学の世界では,不等式をめぐる問題は基本的な研究テーマである。第3章では,先ず,マルチンゲールの最大関数に関するDoobの不等式が通常の方法で証明されている。この最大関数という概念は,Fourier解析の分野におけるHardy - Littlewoodの最大関数の確率論的類似である。とくに,D. L. Burkholder,B. Davis,R. F. Gundy等による最大関数と二次変分の間のマルチンゲール不等式や最大関数と条件付二次変分の間のマルチンゲール不等式は,いわばマルチンゲール理論の華とも言うべき結果で,第3章の主要部分を形成している。
 第4章の目的は,マルチンゲール理論におけるH^pとBMOについての解説にある。H^pは,元々Hardy空間と呼ばれる調和関数のクラスである。Hardy空間の理論は,ポテンシャル論や関数解析との関連において重要であり,Fourier級数の性質を論ずる際にも基本的な役割を果たしている。一方,BMO(Bounded Mean Oscillation)は,区間の上での平均振幅が一様に有界な関数のクラスである。1971年に,C. Feffermanが,BMOはH^1の共役空間である,という刺激的な結果を発表して以来,BMOが盛んに研究されるようになった。本章で述べるH^p,BMOは,これらの確率論的類似として導入されたマルチンゲールのクラスである。このようにして定義されたH^p,BMOがBanach空間をなし,Feffermanの共役定理もなりたつことが示されるなど,マルチンゲール理論が,Fourier解析における動きと共鳴して発展してきた様子を垣間見ることができる大変興味深い内容となっている。
 第5章では,確率測度の変換とBMO-マルチンゲールの関連性について著者の研究成果を中心に解説されている。特異積分作用素に対する荷重ノルム不等式が成立するか否かは,Fourier解析の分野における魅力的な研究課題のひとつであるが,1972年にB. Muckenhoupt が本質的な条件をあたえている。以後この条件は,Muckenhoupt の(A_p)条件として知られるようになる。なお,Muckenhouptの(A_p)条件は,Hilbert変換に対する荷重ノルム不等式が成立するための必要十分条件でもあることが証明されている。本章では,マルチンゲールに関するDoobの不等式Burkholder-Davis-Gundyの不等式に対する荷重ノルム不等式の問題が,詳細に紹介されている。また,この問題をGirsanov変換という角度から解釈すると,Girsanov変換が位相的に良い性質を有するか否か,という問題が表裏一体のように浮かび上がってくる。しかも,これらの問題にBMO-マルチンゲールが本質的に関係していることなどが解説されている。
 マルチンゲールの理論では,離散時径数におけるD. L. Burkholderの研究,連続時径数におけるP. A. Meyerの研究が極めて重要な位置を占めている。残念ながら,本書では,連続時径数のマルチンゲール理論が述べられていないが,連続時径数における諸々の結果の本質的な姿が離散時径数に現れていることを考慮すれば,先ずは離散時径数のマルチンゲール理論を理解しておく必要があるように思われる。その意味で,マルチンゲールに関心のある学生や若手研究者には絶好の入門書として常に座右に置くべき最適な待望の書と言えよう。


(もくじ)
第1章 基礎概念
第2章 マルチンゲール
第3章 マルチンゲール不等式
第4章 H^p空間とBMO
第5章 確率測度の変換とBMO