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リアルオプション
Lenos Trigeorgis 著
川口有一郎 他訳

A5判 530 頁
\10,290


1.リアルオプションとは何か?

「リアルオプション理論」は、不確実性のもとでの資源配分あるいはプロジェクト評価についての古典的な主題を扱っている。特に、企業の実物オプションとしての経営の柔軟性、および戦略的な相互作用について扱う。金融証券のオプションと同じように、実物オプションはある特定の価格で資産を取得したり交換したりするための、義務を伴わない、自由裁量の決定や権利を含んでいる。実物オプションは、例えば、投資を延期したり、事業を拡張したり、契約したり、施設を廃棄したり、あるいは利用方法を転換する決定や権利である。

投資機会は経営上の複数のオプションがその本質をなしている。例として石油会社を考える。社長は油田を発見できると信じている。しかし、どのくらい石油があるかわからないし、価格がいくらになるかもわからない。最初に、土地を購入し調査するために費用を投入する。石油を発見できなければ、コストを既に支出した埋没費用に限定することができる。逆に、石油を発見すればさらに投資し石油を掘削する。ところが、石油価格の下落が予想されるときには、石油の掘削は延期され油田は休閑地となる。石油に代えて天然ガスの生産に切り替えられるかもしれない。あるいは、プロジェクトを中止して、油田は売却されるかもしれない。一方、石油価格が上昇することが予想される場合には、石油会社は石油をポンプアップする準備をする。投資機会は上記のような延期する、中止する、切り替える、および拡大するなどの複数のリアルオプションから成っている。

ファイナンシャル・オプションとは異なり、リアル・オプションは厳密に定義されていないし、またパッケージのようなものでもない。そのため、リアル・オプション分析は懸案のプロジェクトにどのようなオプションが存在するかを確認することから始まる。「タイミング・オプション」は、例えば、ある新製品の開発において十分に需要が高まるまで投資を延期するオプションである。「成長オプション」は、例えば、販売員のネットワークを利用できる化粧品企業が中国に進出すると、化粧品の工場や化粧品販売店のための投資が化粧品以外の広範な商品の販売を可能とする。これは初期の投資目的以上の収益を得るオプションであり、日本においても薬局の成長やインターネットのYahoo株の成長はこの種のリアル・オプションで評価できるであろう。「段階投資オプション」は、一括投資する代わりに段階的に投資するオプションである。各段階で将来の複数のオプションが提供される。「退出オプション」は、例えば、新しい化学製品を商業ベースにのせようとしても需要が成長しなかったり、あるいは環境規制からの制約があまりに大きいときには市場から退出する。退出オプションはダウンサイド・リスクを減ずるので全体としてプロジェクトの価値を高める。また、「中止オプション」はビジネスの操業中に需要が弱い時期に店舗や工場を閉鎖するオプションである。ロンドンのドッグランド開発においてカナダの不動産会社は中止オプション、および退出オプションを利用した。他にも「フレキシビリティ・オプション」、「学習オプション」などがある(この段落はHarvard Business Review January-February 1999の記事に加筆したものである)。

伝統的標準的なDCF法が失敗する理由は予期せぬ市場の展開に対して事後的に決定を修正し適合するための経営上の柔軟性を適切に捉えることができないことにある。また、プロジェクトの相互関連性、および競争的な相互作用の影響を捉えることができないからである。しじゅう変化する不確実な世界において、経営上の柔軟性および戦略的な適合性は、市場の進展あるいは競合的な変化を回避することにより損失を限定したり、将来の好ましい投資機会を成功裏に資本化するのに極めて重大である。適合性を高める企業の可能性、および戦略的なポジションは、企業の実物オプションを創造し、維持し、そして行使するためのインフラストラクチュアを提供する。

2. 理論と実務のギャップを埋める-Trigeorgisの挑戦-

  理論と実務の間には大きなギャップがある。企業の経営者は株主の資金をどのプロジェクトにいつ投資すべきかの意思決定をするときに、アカデミックな空虚な理論に対して愚痴をこぼすことを禁じ得ない。潜在的なプロジェクトを評価するために、彼らはコーポレート・ファイナンス理論の正味現在価値(Net Present Value, NPVに頼らざるを得ない。しかし、経営者はこのモデルを信頼しているわけではない。NPV法が現実の経営戦略の価値を無視しているからである。本書で展開されているリアルオプション理論は伝統的なNPV法の欠点を補い、不確実性のもとでの資源配分あるいはプロジェクト評価の理論と実務の隔たりを縮めようとするものである。著者のトゥリジオリス教授は、リアルオプション分野における世界的なリーダーの一人である。

 投資プロジェクトの計画や評価において運用上の柔軟性と戦略上の柔軟性は両方とも重要な要素であることを経営者は直感的に知っている。投資プロジェクトにおいて、経営者は将来のある時点までその投資を遅らせたり、将来のある時点で拡張したり、中止したりする柔軟性を持っている。経営戦略上の柔軟性が価値を持っていることは概念レベルでは明白であるが実際の場面では大きな困難を伴う。例えば、戦略的な柔軟性は、どのくらいの価値があるだろうか?また、その価値をどのように定量化することができるであろうか?あるいは、経営上の柔軟性には様々なタイプのものがあるだろうか?もし、そうならば、どのように相互に影響しあっているのだろうか?そこに競合関係があるとすればそれは柔軟性の価値にどのように影響しているか?伝統的な評価方法?DCF法、モンテカルロ・シミュレーション、および意思決定木分析など−は経営上の柔軟性を十分に反映していないのだろうか?本書はこれらの問いに対して理論的にも正しく、かつ実務に近い事例を用いて答えている。

3.リアルオプションの教授法-Trigeorgisの本の特徴-

●リアルオプションは応用数学科の博士コース専用の科目ではない!


アーチ・ピット教授(金融専門:イギリスWarwick Business School教授)は、イギリスの大手100 社に対して調査を行ない、これらの会社の中でリアルオプションという用語を聞いたことがある金融部門の幹部(financial directors)はたったの4名であることを「発見」した(The Economist)。彼は、この調査結果を分析して、応用数学科の博士コースを終えた経営者のみがリアルオプションを利用できるのではないかと指摘している。アメリカでは昨年ハーバード・ビジネス・レビューにリアル・オプション(前出)の解説記事が掲載された。Trigeorgisの本と同名の本「Real Options」の著者が約10 ページにわたって平易にこの評価方法について説明している。実務者向けの雑誌であることもあって数式は一つも出てこない。

アメリカの状況はイギリスほど「悲観的?」ではないかもしれないが、応用数学科の博士コースを終えた者でないとリアルオプションを実務に導入することは難しいという状況はどの国でも同じかもしれない。しかし、こうした悲観的な理解は間違っていると筆者は思っている。リアルオプションのモデルを理解し、それを企業実務に応用することはそんなに難しいことではないからである(逆に言えば、応用数学科の博士コースでやっていることはそんなに簡単なものではないであろう)。

もちろん、リアル・オプションをテーマとしてInternational Journalに掲載されるような論文を書くためにはピット教授の指摘は正しい。しかし、例えば、不動産の賃貸契約の価値をリアルオプション・アプローチにより推定すること等の応用は応用数学科の博士コース卒でなくてもできるのである。

●「不確実性コーン」アプローチ

 リアルオプションを説明する方法にはいくつかのアプローチがある。アムラム&クラティラカは「不確実性コーン(corn of uncertainty)」を用いている。「不確実性コーン」は、投資プロジェクト(あるいは資産)の価値が時間的にどのように変化するかを簡単な図式として表現したものである。縦軸に価値、横軸に時間とした座標軸上に、投資プロジェクトの価値の時間的な変化を描くとコーンを横に倒した形(右側に広がった)で模式的に表現できる。従来のNPV法は不確実性コーンの中に数本の「固定されたパス」を「人工的」に想定してプロジェクトを評価するものと捉えられる。これに対してリアルオプションは不確実性コーン全体を評価対象とする。また、経営戦略によって外生的に与えられた不確実性コーンを上方に回転する(リスクのエクスポージャーを改善する)ことができると考える。その改善の度合い(不確実性コーンの上方シフト)がリアルオプションの価値である。

 アムラム&クラティラカの不確実性コーンによるリアルオプションの説明は図解的な説明なので直感的に理解しやすい。しかし、リアルオプション・アプローチをさらに深く知ろうとする読者にとってはフラストレーションが残る。アムラム&クラティラカは実務のビジネスマンや経営者に対して「リアルオプションの考え方(real option thinking)」を広く啓蒙することを執筆の動機としている。リアルオプションを意思決定、および投資分析などのツール・キットとして利用することよりも、経営のための新しい思考方法として解説しているところに彼らの本の特徴がある。リアルオプションによる問題解決方法を例示したり、様々なビジネス(石油探索、新薬の開発、インフラ投資、不動産の評価など)へのリアルオプションの応用を例示している。

●「不確実性下における動的最適化」アプローチ

 修士論文や博士論文を書くためにリアルオプションを勉強したい学生や研究者の必読書はディキスト&ピンディクのテキスト(「不確実性のもとでの投資」(エコノミスト社・近刊)である。彼らはリアルオプション・アプローチを不確実性下における動的最適化手法として説明している。そこでは、金融市場におけるオプション評価理論から不確実性のもとので最適投資ルールが導かれる。これを「条件付請求権分析(contingent claims analysis:CCA)」という。投資プロジェクトをコストと便益の流列として定義することから始める。コストと便益の流列は時間変化し、不確実なイベントにも依存するものとして定義される。投資機会や完成後の運用収益に対する権利を有する企業や個人は価値を生み出す「資産asset」を持っているものと考える。現代の経済は様々な資産が取引される市場を持っている。仮に、投資プロジェクト、及び投資機会が市場で流通する資産の一つとなれば、投資機会の市場価格を知ることができる。投資プロジェクトはそうしたマーケットで直接取引されることがないが、他の流通資産を通して投資プロジェクトのインプリシットな価値を計算することができる。これがCCAのアイデアであり、またリアルオプションの評価方法である。

 ディキスト&ピンディク(「不確実性のもとでの投資」(エコノミスト社・近刊)はCCAから導かれる最適投資ルールは動的計画法−不確実性のもとでの最適逐次的意思決定−から導かれるものと等価であることも示している。換言すれば、リアルオプション・アプローチ(CCA)は動的計画法によって代替可能であると言える。しかし、CCAは単に動的計画法の代替的手法ではない。割引率の決定という厄介なテーマに関してCCAは動的計画法にくらべて魅力的は手段を提供するからである。なお、ディキスト&ピンディクのテキスト(「不確実性のもとでの投資」(エコノミスト社・近刊)が諸外国の応用ファイナンスコースの学生達に圧倒的な人気を博しているのは上記のような斬新なアイデアが随所にちりばめられているばかりではない。NPVとその限界、金利の不確実性、投資の不可逆性、拡散過程、伊藤のレンマ、ジャンプ過程、および微分方程式とその解法などの数学的なバックグランドについてもリアルオプションを理解するという観点から良く説明されている。

●両者を兼ね備える- Trigeorgisの本の特徴 -

 トゥリジオリスの本書は、リアルオプションの解説書としては、アムラム&クラティラカの不確実性コーン・アプローチとディキスト&ピンディク(「不確実性のもとでの投資」(エコノミスト社・近刊)の不確実性のもとでの動的最適化アプローチの中間に位置するものと言える。

 ファイナンス・オプションの他の多くのテキストと比べると、オプション・アプローチの具体的かつ定量的な事例が豊富である。しかも、伝統的な不確実性のもとでの意思決定分析?感度分析、モンテカルロシミュレーション、および意思決定木?とオプション・アプローチを比較している(ディキスト&ピンディク(「不確実性のもとでの投資」(エコノミスト社・近刊)が動的計画法と比較して説明したのと類似のアプローチ)。これらの説明は極めて価値がある。ただし、数学は少ないのだが、オプションに関する他の本と同じように、一般のビジネスマンには理解は難しい部分があるかもしれない。

 本書は、リアルオプションの学習者のバイブルとなっている。その一つの理由は、多くの読者が評するように、理論的に正しくかつ実世界の問題解決の実務にもっと関係の深い詳細な分析について解説しようとするトゥリジオリスの姿勢にある。伝統的なNPVから始めて意思決定木(ディシジョン・ツリー)を経て最終的に実物オプションにたどり着く。伝統的なDCFアプローチが捉えることのできない実物オプションの考え方の戦略的で競合的な関連問題にかかわる価値ある議論が展開されている。

4.本書の概要

 本書は11章から成る。第1章ではリアルオプションとして理解される異なるタイプの柔軟性の概要されている。市場の変化や不確実性に適合するための主体的な経営上の柔軟性について説明されている。

第2章では伝統的な設備投資計画のレビューしている。においては、リアルオプションおよび戦略的な考察を無視したり、あるいはまた非対称の請求権を有するリアルな投資機会を一定のリスク調整割引率を用いて評価する通常のDCFアプローチはその評価において重要な誤差を生じることが明らかにされる。

第3章では、オプションの価格評価、および条件付き請求権分析をレビューし、実物資産の任意の条件付き請求権は確実性等価によるリスク中立の世界において評価することができることが示される(ただし、取引されていない実物資産が均衡収益を下回るならば、配当割引のような調整が必要となる)。

第4章 リアルオプションに潜む不確実な将来の進展に条件付けられる将来の行動に主体的に適合する経営上の柔軟性が純現在価値の確率分布に非対称性、および歪曲をもたらすことが第4章で説明されている。

第5章において、CCAについてのオプション・アプローチが意思決定木分析を用いて説明されている。

第6章は経営上の柔軟性を定量化するためのいくつかの有用な分析結果を示されている。また、様々な複雑なオプションの価値を定量化するのに有効な連続時間の基本的かつ多用な関係が構築されている。

第7章はオプションの相互作用の性質、および複数のリアルオプションを含むプロジェクトの評価について検討している。各オプションを別々に評価し、個々の結果を加算する方法は組み合わせの価値を過大評価することになることが示される。

第8章では戦略的な計画、および戦略的な制御についてオプションアプローチの枠組みが説明されている。一群の同時平行のプロジェクトの間でのシナジー、長期にわたるプロジェクト間の相互作用といった価値についての様々な戦略的な源泉をいかに統合するかが議論されている。コントロール目標を利用するために合理性を提供する。

第9章では重要な競争および戦略的な状況がどのように定量化できるかが示されている。産業組織のゲーム論の原理と二分木オプション評価を組み合わせて、様々な競合的な投資戦略を開発することが可能となる。

第10 章では、様々な標準的な計算方法(シミュレーションや有限差分法など)をレビューした後、対数変換2分木アプローチを開発し、相互作用をもつ多くのオプションをもつ複雑な投資プロジェクトを評価することができるようにしてある。

第11章は様々なアプリケーションを紹介されている。ベンチャーの開拓、天然資源の投資、土地開発、およびリースのオプションなどについても触れてある。これらは将来発展する分野であり、次第に理論と企業実務の間に存在するギャップを減ずることになる。